中東情勢の緊張と原油価格の急騰が、世界の為替市場の力学を大きく書き換えつつある。通貨そのものではなく「原油」を中心に市場が動いている――。そう指摘するのは、SPIアセット・マネジメントのアナリスト、スティーブン・イネス氏である。
同氏によれば、現在の為替市場は「通貨を取引しているのではなく、原油を取引している」と言っても過言ではない状況だという。原油が市場のハンドルを握れば、為替市場はその動きに振り回される「乗客」に過ぎなくなるというわけだ。
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原油ショックが金融政策の見通しを変えた
数週間前まで、市場は2026年に米連邦準備制度理事会(FRB)が2回の利下げを行う可能性を織り込んでいた。
しかし、中東・湾岸地域から広がる地政学的ショックと原油高の影響で、このシナリオは急速に崩れつつある。現在では、年内の利下げすら完全には織り込まれていない状態になっている。
欧州では変化はさらに急激だ。以前は金融緩和の可能性が議論されていたが、現在の市場は欧州中央銀行(ECB)の7月利上げまで織り込み始めている。
イネス氏は、この政策見通しの転換は景気回復によるものではなく、原油高がインフレ想定を変えてしまった結果だと説明する。
エネルギー価格のショックは、インフレにじわじわと浸透する。米国の消費者物価指数(CPI)が比較的落ち着いた内容だったとしても、ガソリン価格の上昇が続けば、ヘッドラインインフレは再び上昇する可能性がある。
ドルは再び「安全資産」へ
原油高による株式市場の下落は、資金を再びドルへと引き戻している。
米国によるイラン攻撃後のドル上昇は、金融市場が時折忘れがちな事実を思い出させた。
地政学リスクが高まると、ドルは依然として世界の「非常用発電機」の役割を果たすという点だ。
平時にはドルの覇権を批判する投資家も、ボラティリティが高まる局面では結局ドルに資金を避難させる。
その理由は単純で、現実的な代替通貨が存在しないためである。
さらに重要なのは、米国が現在世界最大級の産油国の一つである点だ。
原油価格の上昇はエネルギー輸入国にとっては負担だが、産油国にとってはむしろ財政や経常収支を支える要因となる。この構造が、為替市場の勝者と敗者を分ける。
円安圧力が強まる理由
イネス氏は、日本が今回の構図で不利な側に位置する国の典型例だと指摘する。
日本はエネルギー輸入への依存度が高く、そこに米金利の上昇が重なると、円にとっては二重の逆風となる。
このため、ドル円が160円に接近する動きは単なる投機ではなく、構造的な圧力を反映したものだという。
為替介入は、市場心理が主導している局面では効果を発揮しやすい。しかし、原油価格と金利差という強力なマクロ要因が同時に動いている場合、その効果は限定的になる可能性が高い。
欧州もエネルギーショックの影響
欧州もまた、別の形で原油高の影響を受けている。
イネス氏によれば、最近のユーロは準備通貨というよりリスク資産のような動きを見せているという。
エネルギー価格の上昇は欧州の金融環境を引き締めると同時に、成長見通しを押し下げる。
その結果、ユーロは株式市場の下落に連動して下落する傾向を強めている。
市場は「原油」を見ている
現在の為替市場は、静かな価格形成の場というよりも、むしろリアルタイムの人質交渉のような状態だとイネス氏は表現する。
湾岸地域のニュースが原油価格を動かし、原油の動きが金利と株式市場に波及する。そして最終的に、その二つが為替相場を決める。
供給混乱の期間が見通せるようになるまで、為替市場はエネルギー市場の気分に縛られ続ける可能性が高い。
ゴールドマンの試算
ゴールドマン・サックスの試算も、この構図を裏付ける。
同社のコモディティチームは、ブレント原油が3〜4月に平均98ドル前後で推移すると予測している。さらにホルムズ海峡の輸送が1カ月間混乱するようなシナリオでは、原油は110ドル近辺まで上昇する可能性があるという。
一般的な経験則として、原油価格が10%上昇すると
- ヘッドラインPCE:+0.2ポイント
- コアPCE:+0.04ポイント
- GDP成長率:-0.1ポイント
の影響が出るとされる。
この前提のもと、ゴールドマンは2026年12月のヘッドラインPCE予想を2.9%へ引き上げている。
原油が主役の相場
イネス氏は最後に、現在の市場環境をこう表現する。
普段であれば逆張り戦略を取ることが多いが、今そのポジションを取るのは「飛び降りたあとでパラシュートを掴もうとするようなもの」だという。
原油が市場の鍵を握っている限り、金融市場の王座に座るのはドルである。そして今のマーケットは、まさにその状況を映し出している。
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