3月19日、原油市場が歴史的な乱高下を見せた。ブレント原油先物は一時119.13ドル/バレルまで急騰し、2022年7月以来の高値水準をつけた。しかしその後、イスラエルのネタニヤフ首相による「ホルムズ海峡の開放を支援している」との発言を受けて急落し、終値は108.65ドル/バレルで着地した。わずか1日のうちに10ドル超の値幅が生まれたことになる。この動きは「原油価格がピークをつけた可能性」を示唆しているのだろうか。
なぜ119ドルまで急騰したのか — カタールLNG施設への攻撃
急騰のきっかけは、カタールのLNG(液化天然ガス)施設がミサイル攻撃を受けたことだった。この施設の修復には5年かかるとの見通しが伝えられ、市場は「中東のエネルギー供給が長期的に滞る」と判断した。すでにカーグ島攻撃で原油100ドルを突破していた市場に、さらなる供給不安が重なった格好だ。
WTI原油先物は3月第1週だけで35%上昇しており、これは1983年に先物取引が始まって以来、最大の週間上昇幅だ。つまり、過去40年以上で最も激しいペースで原油価格が駆け上がっていたことになる。市場は「次にどこが攻撃されるのか」という恐怖で、先回りの買いを積み重ねていた。
ホルムズ海峡は、ペルシャ湾とオマーン湾を結ぶ幅約33kmの狭い海峡です。世界の石油輸送量の約20%がここを通過しており、「世界のエネルギーの喉元」と呼ばれています。この海峡が封鎖されると、サウジアラビアやイラク、クウェートなどの産油国からの原油輸出が止まり、世界中のエネルギー価格が跳ね上がります。レイ・ダリオが「ホルムズ海峡を制する者が世界を制す」と指摘したのは、まさにこの地政学的重要性のためです。
なぜ108ドルまで急落したのか — 3つの「供給安心材料」
119ドルから108ドルへの急落は、複数の材料が重なった結果だ。
第一に、ネタニヤフ首相の発言だ。「ホルムズ海峡の開放を支援している」という一言は、市場にとって大きな転換点となった。ホルムズ海峡が封鎖されるリスクこそが原油価格を押し上げてきた最大の要因だったからだ。海峡が開放されるなら、中東からの原油輸出は維持される。同時にイランの核・ミサイル能力の無力化も伝えられ、地政学リスクの一部が後退した形となった。
第二に、米国の供給確保策だ。CNBCによると、米国はロシア産原油の一部販売を許可する方針を示しており、制裁下にあるロシアからの供給を部分的に復活させることで、世界の供給不足を緩和しようとしている。IEA(国際エネルギー機関)も戦略備蓄の放出に踏み切っており、各国が「供給を増やす」方向に動いている。
第三に、ベッセント財務長官のコメントだ。Bloombergが報じたところでは、ベッセント財務長官も原油市場の安定化に向けた発言を行い、これが追加の売り材料となった。政治・外交・経済の3方面から「価格を抑える力」が同時に働いた形だ。
WTI原油先物の終値は96.14ドル/バレル(前日比-0.19%)だったが、ポスト・セトルメント取引では93ドルまで下落しており、下落の勢いはまだ続いている可能性がある。
日本経済への波及 — 日経平均1,866円安の衝撃
原油価格の急騰は、日本経済にも直撃した。日経平均株価は1,866円安(-3.38%)と大幅下落した。原油高は日本にとって「輸入コストの増加」を意味する。日本は原油の約9割を輸入に頼っており、原油が上がれば電気代、ガソリン代、食品の輸送コスト、プラスチック製品の原材料費など、あらゆるコストが上昇する。
中央銀行も警戒を強めている。FRBは政策金利を据え置いたが、パウエル議長は「エネルギー価格上昇が短期的にインフレを押し上げる」と認めた。日銀も金利を据え置き、植田総裁は「リスクシナリオが高まっている」と述べている。原油高が一因であることは明らかだ。
つまり、原油高は次のような連鎖を引き起こす。原油が上がる→企業のコストが増える→商品の値段が上がる(インフレ)→中央銀行が利下げしにくくなる→株が下がりやすくなる。この「コストプッシュ型インフレ」は、景気を冷やしながら物価が上がるという最も厄介なパターンだ。
私たちの生活への影響も無視できない。みずほリサーチの試算によれば、原油100ドルが続くだけで企業の付加価値は1.2%減少する。今回は一時119ドルまで上昇しており、ガソリン価格のさらなる上昇、電気・ガス料金の引き上げ、食品価格の値上げラッシュが現実味を帯びてくる。
インフレには「需要が増えて物価が上がるパターン」と「原材料費が上がって物価が上がるパターン(コストプッシュ型)」の2種類があります。今回の原油高によるインフレは後者です。厄介なのは、景気が良くないのに物価だけが上がる点。金利を上げればインフレは抑えられるが景気が悪化し、金利を下げれば景気は支えられるがインフレが加速する——どちらを選んでも痛みを伴います。
原油市場の「次の均衡点」はどこか
119ドルから108ドルへの急落は、原油市場がピークをつけた可能性を示唆している。しかし、それは「原油が安くなる」という意味ではない。問題は「次にどの水準で落ち着くか」だ。
上値を抑える要因はいくつかある。ホルムズ海峡の開放に向けた動き、米国によるロシア産原油の一部解禁、IEAの戦略備蓄放出だ。これらが機能すれば、供給不安は徐々に後退する。
一方、下値を支える要因も根強い。カタールのLNG施設は修復に5年かかる見通しであり、中東の地政学リスクが完全に消えたわけではない。イランの軍事施設への攻撃が続く限り、いつ再び供給途絶が起きてもおかしくない。
現時点での注目は、WTIが93〜96ドルの水準で安定するかどうかだ。ここを維持できれば「100ドル割れでの新しい均衡」が見えてくる。逆に、新たな軍事的エスカレーションがあれば、再び120ドル超もあり得る。今後はホルムズ海峡の安全航行の確保、米国のロシア産原油解禁の規模、中東での軍事行動の推移が、原油市場の「次の均衡点」を左右する。
個人投資家が意識すべき3つのポイント
1. 「119ドル→108ドル」の急落はピークのサインかもしれないが、油断は禁物。ホルムズ海峡の開放報道で原油は急落したが、カタールのLNG施設は修復に5年かかる。地政学リスクが完全に消えない限り、原油は高止まりしやすい環境が続く。エネルギー関連株やコモディティETFを持っている場合、利益確定のタイミングを慎重に見極めたい。
2. 原油高は「見えないインフレ税」として家計を圧迫する。ガソリン、電気、ガス、食品——原油が高止まりすると、あらゆる生活コストが上がる。家計の防衛策として、固定費の見直し(電力会社の切り替え、燃費の良い移動手段の検討)を今のうちに進めておくことが重要だ。
3. 中央銀行の「利下げ期待」は後退している。FRBも日銀もエネルギー価格の上昇を警戒しており、利下げのハードルが上がっている。利下げを前提とした株式投資戦略(特にグロース株偏重のポートフォリオ)は見直しが必要かもしれない。今後数週間は、原油価格と各国中央銀行のコメントを注視し、ポートフォリオの防御力を高めることを検討したい。

